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見上げたら空に虹、少し元気が出たよ

認知症の介護は本当に大変だった | 私の介護体験談

介護の体験談です

義父の他界後に始まった義母との同居。義母が71歳のときでした。当時、私は子育てが一段落し、仕事をパート勤務から本格的に正社員へ復帰、義母は家事をこなし、趣味の仏像彫りも楽しみもあり安定した生活を続けることができていました。しかし80歳前後から変化が表れました。いつも探しものしている、怒りんぼうになる、たくさん買い物をする、散歩に出かけるとなかなか帰らない。運が悪いことに転倒後、大腿骨の骨折、手術、リハビリ入院と4ヶ月ほどの入院生活を送ると、明らかに認知症の症状と一致しました。もう日中を一人で過ごすことは無理、働き盛りではありましたが仕事と介護の両立は困難と判断し介護離職の道を進んだのです。

認知症の判断には時間がかかった

認知症は脳の萎縮によりその機能が低下していくことです。基本的な機能障害は

  • 記憶障害: 過去や日常の出来事を忘れる。
  • 判断力の低下: 料理の段取りなど判断や意思決定が困難
  • 言語障害: 言いたい言葉が出ない、言われた言葉の理解が困難
  • 空間認識の障害: 折り紙が折れない、居場所が分からないなど
  • 日常生活の困難: 日常生活や自己の世話(トイレなど)が困難

  • 認知症チェックと合致することが多かったため、脳外科受診へ誘いましたが、本人が納得せず時間がかかりました。検査結果で脳の萎縮が判明、進行を遅らせる投薬がスタートしました。ちなみに、認知症の診断は、神経学的評価、認知機能テスト、脳画像検査などのさまざまな方法を使用して行われます。

    参考 認知症チェックリスト(東京都福祉局/自分でできる認知症の気づきチェックリスト) https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/zaishien/ninchishou_navi/checklist/index.html

    家族などのサポート体制確立が大事

    介護するのはお嫁さん、は古いです。でも令和なのにそうなってしまいました。同居だから仕方ありません。認知症の程度が軽いときは、それなりに楽しく生活できました。デイサービスにも行き、義母が旅行に同行出来ないときは兄弟に面倒をみてもらい外泊する事もできました。

    しかし、進行が進むと少しの間でも一人にできません。うっかりすると下着姿で杖をついて散歩にでかけてしまいます。ヘルパーさんに包丁を突きつけたこともあります。プロのヘルパーさんも人間、相当ショックを受けていました。が義母も他人が家に入ってきたので必死だったのでしょう。やはり心許せる人が近くにいることが本人も安心だったのだと思います。

    いざ「介護」となった際、しっかりと家族や兄弟などとの話し合いが必要でした。いつも「私ばっかりなんでこんな思いを」と泣いていました。

    日常生活を適宜症状に合わせて調整

    介護度の変化があるたび、ケアマネジャーさんと話し合い、デイサービスを3件ほど組み込んでいただきました。私も近隣でのパート勤務を始め、少し社会と繋がることができました。月に1度のショートステイもできるようになりました。義母は私ばかりに依存せず、優しいケアスタッフさんには笑顔を向け、デイサービスでは楽しく過ごしていました。

    認知症は時間とともに変化があるので、介護の計画やアプローチをケアマネジャーさんが定期的に見直し、調整してくれました。感謝しかありません。ケアマネジャーさんとの情報共有はとても大事だと思います。そしてそれぞれのプロに任せる、ということも。

    介護者自身(私)のケアについて

    義母と二人きりの時間は負担でした。ただ一緒にいるだけで苦痛になりました。今思えば、介護すること自体が嫌なのではなく、ワンオペだったから目につく全てが嫌だったのだと思います。

    介護を通して人間関係も悪化。「遠いから」「忙しいから」それを聞くだけでサポートから逃げている様に思え腹が立ちました。何度も泣きながら寝ました。

    ある朝、ゴミ捨てに外へ出たら、虹が見えました。何故かとても清々しい気持ちになり、義母に「虹が見えますよ、見に行きましょう」と誘い、一緒に虹を眺めました。喜ぶ義母の顔を見て、自分はとても小さな人間だ、と反省しました。義母だって好きで認知症になったのではない!と改めて理解しました。

    自然の力はすごいです。特に季節の変わり目の草花の変化、夕焼けの富士山、虹を見たあとの私は日々の自然の力に癒やされ、嫌なことがあっても、もっと酷いことにならなかっただけでも良かった、とポジティブ思考になりました。とはいえ、もちろん身体的、精神的にきついこともありました。身内に言えない愚痴は友人に聞いてもらいました。吐き出せる場所があって本当に助かりました。

    あっという間に進行する認知症

    介護度が3になっても落ち着いてる日々は2年くらいだったでしょうか。ところがある時を境に出来ないことが急増しました。常にトイレ介助、手が動きづらく食事も介助。日常生活の全てが一人では困難となり、それについてもかんしゃくを起こしていました。とても辛かったのでしょう。室内は階段やスロープが多く、自力で歩けないと生活が出来ません。「頑張って、ここまで歩こう」と声をかけても動けず、抱きかかえても足が1歩出ません。

    自宅で介護することに物理的に限界を感じ、施設入所となりました。その頃は要介護5になってしまいました。

    振り返って悩んでいます

    義母が施設入所して、身体は楽になりました。義母に割いていた時間がなくなったのですから。でもなぜ急に進行したのだろう?義母のかかりつけ医が以前言っていたことを思い出します。

    「投薬はいずれキャパオーバーする、そうしたら急に静かになりますよ」と。急速な認知症の進行は薬量のせいなのか、その管理をもっと早く私が理解していた方がよかったのかな?ケアマネジャーさんはそういう時期に来ただけです、と言い、薬剤師はアポトーシスだから、と言いました。

    義母が活動的(怒りんぼう)だった頃、ずっと優しく介護なんかできませんでした。存命なので今日も施設へ面会し好物を届けました。時々笑顔を見せてくれますが、後はベットで天井を見上げています。私は精一杯介護ができたのだろうか?ずっと悩んでいます。